近年、欧米を中心に「静かな退職」という言葉が注目を集めています。
これは、従来の「辞める」という退職ではなく、会社に籍を置きながらも、必要最低限の業務以外は行わず、仕事への熱意を持たずに過ごす働き方です。
まるで精神的に退職したかのような状態から、このように呼ばれています。
一見すると、怠惰や無責任な行為と捉えられかねない静かな退職。
しかし、その背景には、現代社会特有の複雑な問題が潜んでいると考えられています。
そこで今回は、静かな退職が広まっている背景や要因、企業に与える影響や適切な向き合い方や対処法などをまとめました。
目次
●静かな退職(Quiet Quitting)とは
●静かな退職が増加している背景
・働きかたに対する価値観の変化
・働き方の変化と多様化
・従来のキャリア観の変化
・メンタルヘルスへの意識の高まり
・従業員エンゲージメントの低下
●自社で静かな退職が発生する企業の特徴や要因
・業務の範囲や責務の所在が曖昧
・努力が反映されない、公正な評価制度が欠如している
・組織内のキャリアパスが不透明
●静かな退職が企業に与える影響
・生産性の低下
・職場の環境や人間関係の悪化
・リスクマネジメントの低下
・人材の流出
●「静かな退職」状態の従業員に見られる兆候とは?
●静かな退職に対する適切な向き合い方や対処法
・従業員のエンゲージメントを調査し改善する
・透明性が高く公正な人事評価制度へ見直しをはかる
・多様な働きかたに対応した雇用環境を整備する
・キャリアパスに多様性を持たせる
・社内コミュニケーションを活性化する
●まとめ
静かな退職(Quiet Quitting)とは
「静かな退職」とは、会社に属しながらも、必要最低限の業務をこなし、精神的な余裕を持って働くスタイルです。
近年、アメリカを中心に注目を集めており、ワークライフバランスを重視する新しい働き方として、共感を呼んでいます。
従来の「頑張りすぎる働き方」とは異なり、静かな退職は「会社に尽くす」という価値観から脱却し、自分自身の時間と心身の健康を大切にすることを目的としています。
「燃え尽き症候群」や「過労死」といった問題が社会的に認知されるようになった背景もあり、無理せず持続可能な働き方を模索する人々が増えています。
静かな退職を選択する人たちは、必ずしも仕事に対して不満を持っているわけではありません。
むしろ、「仕事は仕事、プライベートはプライベート」と明確に線引きし、自分の人生をより充実させたいという意識を持っているのが特徴です。
家族との時間や趣味、自己啓発など、仕事以外の時間を大切にしながら、自分らしい人生を追求しようとしています。
この概念が広まったきっかけは、アメリカでキャリアコーチを務めるブライアン・クリーリー氏がSNSに投稿した動画と言われています。
動画内で氏は「Work is not your life(仕事が人生ではない)」と力強くメッセージを発信。
これがZ世代を中心に共感を呼び、仕事中心の生き方からの脱却を促す言葉として世界中に広まりました。
静かな退職が増加している背景
従来の「会社に尽くす」型から「自分らしい働き方」を重視する「静かな退職」が増加している背景には、以下のような5つの要因が挙げられます。
・働きかたに対する価値観の変化
かつては、高い給与や役職獲得を目指して長時間労働をいとわない人が多くいました。
しかし、近年では、仕事よりもプライベートを充実させたい、家族や趣味に時間を割きたいという人が増えています。
こうした価値観の変化により、従来の「頑張る」働き方に疑問を持つ人が増え、静かな退職を選択する人が増えていると考えられます。
その結果、必ずしも昇進や高収入を目指さず、ワークライフバランスを重視する価値観が広まっています。
・働きかたの変化と多様化
テレワークやフリーランスなど、働き方の選択肢が増え、多様化しています。
従来の会社勤め以外にも、自分のペースで働ける環境が増えたことで、会社に縛られずに働きたいという人が増えています。
また、副業や複業を認める企業も増えていることから、会社以外にも収入を得られる選択肢が増え、会社への依存度が低くなっていることも静かな退職増加の一因と考えられます。
・従来のキャリア観の変化
終身雇用制度が崩壊し、転職が当たり前になった現代では、一社で長く勤め続けることよりも、自分のスキルや経験を活かしてキャリアアップしていくことが重視されるようになっています。従来の「出世」というキャリア観ではなく、自分の能力や価値観に合った働き方を求める人が増えているため、会社に貢献することよりも、自己実現やスキルアップを重視する静かな退職を選択する人も増えていると考えられます。
・メンタルヘルスへの意識の高まり
近年、過度な労働によるメンタルヘルス問題が社会問題となっています。
長時間労働やパワハラなどのストレスによって、うつ病や不安症などの精神疾患を発症する人が増加しています。
こうした状況下で、従業員は自身のメンタルヘルスを守るために、ワークライフバランスを重視するようになりました。
その結果、仕事とプライベートの時間を明確に区別し、自己管理を徹底する人が増えています。
・従業員エンゲージメントの低下
静かな退職は、従業員のエンゲージメント低下と密接な関係にあります。
会社への貢献意欲が失われると、目の前の業務をこなすだけの状態になり、静かな退職に陥りやすくなります。
従業員は、自身の仕事が会社に貢献していると感じ、正当な評価を受けたいという欲求を持っています
しかし、その評価が不透明であったり、努力に見合った給与や昇進が得られないと感じまた、将来のキャリアパスが見えない、スキルアップの機会がないといった不安も、エンゲージメント低下につながります。
特に、若い世代は、仕事を通して成長したいという欲求が強い傾向があります。
自社で静かな退職が発生する企業の特徴や要因
静かな退職は、企業にとって大きな損失となります。
なぜなら、優秀な人材を失うだけでなく、企業の士気や生産性にも悪影響を与えるからです。
静かな退職を生み出す企業には、いくつかの特徴や要因があります。
・業務の範囲や責務の所在が曖昧
日本企業は海外企業と比べて、業務範囲が曖昧な傾向があります。
海外企業では仕事の範囲や責任が明確に定められるのに対し、日本企業では「みんなでがんばろう」という雰囲気が根強く、一人が多くの業務を負担することも珍しくありません。
業務範囲や責任の曖昧さは、従業員のモチベーションを低下させ、静かな退職に繋がる大きな要因となります。
担当業務の範囲が曖昧な場合、従業員は自分の仕事内容がどこまでなのか、他部署との分担が曖昧なため、責任感や達成感を持ちにくくなります。
また、責任の所在が不明確な場合、問題が発生した際、誰が責任を取るのかが明確でなく、責任の所在を巡ってトラブルが発生しやすく、従業員の負担が増加します。
さらに、上司の指示が曖昧な場合、従業員は具体的に何をすれば良いのか分からず、不安を感じ、仕事に迷いが生じてしまいます。
・努力が反映されない、公正な評価制度が欠如している
公正な待遇・給与および評価制度の欠如は、従業員の不満を募らせ、静かな退職を招きます。
能力や貢献度に関係なく、給与や昇進に不公平があると、従業員は不満を感じ、仕事への意欲を失ってしまいます。
また、評価制度が透明でないと、従業員は自分が評価されているのか、評価基準が何なのか分からず、モチベーションを維持することが困難になります。
さらに、長時間労働が常態化している場合、従業員は仕事とプライベートのバランスを崩し、心身ともに疲弊し、仕事への意欲を失ってしまいます。
・組織内のキャリアパスが不透明
組織におけるキャリアパスの不透明さは、将来への不安を募らせ、静かな退職に繋がる要因となります。
現代の労働者のキャリア観は、「一つの企業に終身雇用され、昇進や昇格を目指す」から、「複数の企業との雇用契約を通じてキャリアを構築する」へと変化しています。
この過渡期において、企業が勤続した場合の経験やスキル、報酬などのキャリアパスを十分に提示していないと、自分がどのようなキャリアを築けるのか、明確な道筋が見えない場合、従業員は将来への不安を感じ、仕事への意欲を失ってしまいます。
また、能力や経験に関係ない人事制度は、従業員のモチベーションを低下させます。さらに、中途採用者に対して、明確なキャリアパスや育成プログラムが用意されていない場合、中途採用者は会社への貢献意欲を失う可能性が高くなります。
そのため、自らの余暇時間を活用して企業では得られない能力を身につけようとする動きが見られ、ワークライフバランスの重視や副業・兼業の重視とともに「静かな離職」が広まる傾向にあります。
静かな退職が企業に与える影響
静かな退職を選ぶ従業員が増えると、企業にも様々な影響が及ぶ可能性があります。
静かな退職が企業に与える影響について、主に次のような点が考えられます。
・生産性の低下
静かな退職をする従業員は、必要最低限の業務しかこなさなくなるため、企業全体の生産性が低下します。
彼らは、会議やチームワークといった協調的な活動に参加しなくなるため、新しいアイデアや革新的な成果を生み出すことが難しくなります。
また、彼らの分の業務を他の従業員が負担しなければならなくなるため、従業員の負担が増加し、モチベーションが低下してしまう可能性があります。
・職場の環境や人間関係の悪化
静かな退職をする従業員は、仕事への意欲を失っているため、職場全体の士気が低下します。
また、彼らは周囲の従業員との交流を避け、孤立してしまう傾向があります。
このような状況は、職場全体の雰囲気を悪化させ、人間関係の悪化にもつながります。
そして、静かな退職をする従業員がいる場合、その仕事は他の従業員に割り当てられるようになります。
他の従業員に仕事量が増加し、過重労働のリスクが高まります。
過重労働が増えると、ストレスが高まり、結果として他の労働者も静かな退職を選ぶ可能性があります。
このような循環が生じるため、静かな退職は企業にとって重要な課題となります。
・リスクマネジメントの低下
静かな退職をする従業員は、仕事に対する責任感や倫理観が低下しているため、企業にとってリスクとなります。
彼らは、重要な情報を漏洩したり、不正行為を行ったりする可能性が高くなります。
また、彼らはトラブルが発生しても、積極的に解決しようとせず、責任を回避しようとする傾向があります。
・人材の流出
静かな退職は、優秀な人材の流出にもつながります。
能力や経験のある従業員が静かな退職を選択してしまうと、企業にとって大きな損失となります。
彼らは、他の企業でより良い仕事を見つけ、転職してしまう可能性が高くなります。
「静かな退職」状態の従業員に見られる兆候とは?
社内に静かな退職を選択している従業員がいるのかを見極めるためには、次のような兆候が見られるかを確認してみましょう。
・求められている以上の仕事はしない
・業務中や会議中にほとんど発言しない
・仕事への姿勢が指示待ちになる
・新規プロジェクトなどへ参画したがらない態度が目立つ
・ほかの従業員と比較して残業時間が著しく少なくなる
・業務に意欲が感じられない
・従業員エンゲージメントや企業へのロイヤルティが低下している
・最低限の会話しかしなくなる
・周囲の従業員の業務量が目に見えて増える
静かな退職に対する適切な向き合い方や対処法
静かな退職は、企業にとって大きな損失となります。
意欲の低下は生産性や創造性の低下に繋がり、優秀な人材の流出にも繋がる可能性があります。
しかし、適切な対応を取ることで、静かな退職状態にある従業員の就労意欲を回復させることも可能です。
ここでは、静かな退職に対する適切な向き合い方や対処法についてまとめていきます。
・従業員のエンゲージメントを調査し改善する
静かな退職の背景には、従業員のエンゲージメント低下が挙げられます。
エンゲージメントが低い従業員は、仕事に積極的に取り組む意欲を失い、静かな退職に繋がる可能性があります。
静かな退職は、表面的な行動では捉えきれない、従業員の深層心理が原因となる場合があります。
エンゲージメント調査は、従業員の満足度や仕事への意欲、組織への信頼感などを定期的に調査することで、潜在的な問題を早期に発見し、解決に繋げるための重要なツールとなります。
調査結果に基づき、エンゲージメント低下の原因を分析し、改善策を検討することが重要です。
・透明性が高く公正な人事評価制度へ見直しをはかる
従来の成果主義的な評価制度では、長時間労働や目に見える成果が重視されます。
しかし、個人の貢献度や創造性など、目に見えない価値を評価する制度が不足している企業も多く、従業員の不満につながっています。
人事評価制度の評価項目や評価基準を明確にし、評価者によって左右されないように評価者の能力を高めるなどの工夫が大切です。
透明性が高く公正な人事評価制度を導入することで、従業員は自身の仕事がどのように評価されているのかを理解し、従業員のモチベーションを高めることができます。
・多様な働きかたに対応した雇用環境を整備する
近年、リモートワークやフレックスタイム制など、多様な働き方が普及しています。
従業員のニーズに合わせて、柔軟な働き方を可能にする雇用環境を整備することで、ワークライフバランスの向上につながります。
・キャリアパスに多様性を持たせる
従来のキャリアパスは、昇進や出世を目指す一方向的なものでした。
しかし、近年は、自分の価値観やライフスタイルに合った多様なキャリアパスを求める従業員が増えています。
企業は、専門性を深めるキャリアパスだけでなく、複業や転職など、多様なキャリアパスを支援することで、従業員のエンゲージメントを高めることができます。
・社内コミュニケーションを活性化する
従業員と経営層、あるいは従業員同士のコミュニケーション不足は、誤解や不満を生み、静かな退職に繋がる可能性があります。
定期的な1on1の実施、情報共有や意見交換の場を設けるなど、社内コミュニケーションを活性化することで、相互理解を深め、信頼関係を築くことができます。
また、従業員が安心して意見や要望を上げられる環境を作ることで、問題の早期発見・解決に繋げることができます。
社内コミュニケーションを活性化することで、従業員のエンゲージメントを高め、働きがいのある職場を作ることにつながるでしょう。
まとめ
近年、アメリカを中心に注目を集めている「静かな退職」。
これは、会社を辞めずに、必要最低限の仕事だけをこなす働き方です。
従来の「出世や昇進を目指す」というキャリア観とは異なり、ワークライフバランスを重視し、仕事に過剰なコミットメントを求めない働き方と言えるでしょう。
静かな退職が増加している背景には、働き方に対する価値観の変化や、多様な働き方の出現、従来のキャリア観の崩壊、メンタルヘルスへの意識の高まりなどが挙げられます
また、業務範囲や責務が曖昧、努力が反映されない評価制度、不透明なキャリアパスといった企業側の課題も影響しています。
静かな退職は、企業にとって生産性低下、職場の環境悪化、人材流出など、多くの悪影響をもたらします。
こうした状況を改善するためには、従業員のエンゲージメント調査、透明性のある人事評価制度の導入、多様な働き方に対応した雇用環境の整備、キャリアパスの多様化、活発な社内コミュニケーションなど、企業側が積極的に取り組む必要があります。
静かな退職は、単なる個人の問題ではなく、現代社会における新しい働き方の潮流の一つです。
企業は、時代の変化を理解し、従業員のニーズに柔軟に対応することで、静かな退職を防ぎ、より良い職場環境を実現していくことが求められます。
企業は、従業員と積極的にコミュニケーションを図り、働きやすい職場環境を作ることで、静かな退職を防ぎ、従業員のエンゲージメントを高めることが重要です。
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参考資料:エンゲージメントを高める7つの方法